「江戸の血脈を煮る ― 両国・ももんじやの猪鍋」

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ぴあ発行『東京老舗名店』の撮影で、両国のももんじやを訪れた。  


創業は天明年間。江戸の獣肉文化をいまに伝える、現存最古のももんじ屋である。店頭に掲げられた猪の剥製が、静かに長い歴史を語る。暖簾をくぐれば、壁に並ぶ古文書や看板が目に入るが、空間そのものは整然としたテーブル席が中心。古きと新しきが共存する、凛とした空気が流れている。  今回撮影したのは名物の猪鍋。  


丹波篠山産の猪肉を使い、すき焼き仕立てで供される一品だ。赤身と脂身の境をどう写すか、照明の角度を何度も変えながら探った。ストロボの光を細やかにコントロールし、脂の艶と割り下の照りを浮かび上がらせる。被写体の“温度”をどう立たせるか――その一点に集中してシャッターを切った。  


鍋からは湯気が立ちのぼり、割り下がわずかに泡立つ。だが、撮影ではその動きを追わない。むしろ、鍋の表面に宿る静けさを撮りたかった。歴史を重ねてきた料理は、派手な演出を拒む。そこにある本質を、ただ淡々と光で描く。  ももんじやの猪鍋は、滋味深くも品がある。  


江戸の庶民が寒の夜に求めた“力の味”を、いまの時代にも違和感なく受け止めさせる。その持続こそ、老舗の証だ。  レンズの奥で、湯気の向こうに見えたのは、江戸の記憶の輪郭だった。




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